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その1.進路

その1.進路


「タイガー。お前、進路どうすんの?」
「んー。とりあえず地元の大学の法科進んで、その先は運任せかなぁ」
 高校の教室の休み時間。3年の夏休み前とくれば、進路をみな決め始めている頃合いだった。
「運任せって言ったらさ、抽選議員資格試験、もうすぐだろ?」
「選ばれるのは全国の10代の男からはたった一人だろ。そこまで運だけに頼りきるつもりもないよ」
「だよねぇ。地元の道立大の法律科進んで道州庁の職員から議員目指すんだろ?」
「さっすがお勉強できる奴は違うな。あやかりたいわ」
「まぁ、どうなるかなんてわからんよ」
 それが正直な所だった。おれを肴に盛り上がり続ける周囲に適当に相づちを打ちつつその場を離れ、校舎の端の非常階段から外に出る。
 周囲に人影が無いのを確認してから懐にしまっておいた絵葉書を取り出した。
 毎年夏になると届く、沖縄の海を背にした瑞姫の姿が写っていた。11歳で初めて会った時と比べて背丈も体つきもだいぶ女っぽくなっていた。豪奢な金髪はまさに獅子の鬣(たてがみ)。
 両腕を頭の後ろで組んで背を反らして胸を強調したポーズ。流し目でウィンクしてる写真にはたった一言と日付だけ。

Elected? (どう、欲情した?)

 ばーか、と独りごちた。
 日付は、瑞姫が毎年夏になると会いに来る日の予告だった。といっても、おれの家に泊まり込むわけじゃなく、別居してる母親と夏休みの間過ごす為に来るだけだったが。

「わっ!」

 背後から驚かされて、おれは絵葉書を放り出してしまった。
 絵葉書はおれの頭の上をひらひらと通過して、振り向いた先にいた奴にキャッチされていた。
「小鹿。お前なぁ~」
「あー、やっぱり宍戸さんか。もうそんな季節だもんね」
「返せ」と言っておれは絵葉書を取り返そうとしたが、小鹿はひらりとかわした。
「むぅ、今年もまた一段と成長してるし、絶対挑発してきてるな、これは」
「誰をだよ、まったく」
 自分の胸に手を置いて憤慨していた小鹿から絵葉書を取り返して心の中で付け加える。勝負にならんだろうがと。
「あ、今なんか失礼なこと考えたでしょう?」
「考えた考えた」
「何を?」
「勝負にならなかったなぁ、と・・・」
「むきー!ま、まだこれから成長するかも知れないじゃん?」
「10歳の頃から言い続けて、もう高3だろう?っておまえ、痛いって。本気で殴るなよ。ごふっ!?おま、それ肘、膝?」
 とまぁ一通りのお約束を終えた後、教室に戻りながら手短に話した。
「それで、タイガーの進路は地元の大学の法科だとしてさ、獅子姫さんはどうするって?」
「さぁ?ソルジャーになりたいとは言ってたけど、どっちの国籍取るかもまだ決めかねてるってさ」
「ソルジャーねぇ。お父さんが海兵隊でお母さんが自衛軍だっけ」
「お父さんはアフガンで亡くなってるけどな」
「そうだったね。でも、そしたら何で沖縄に住んでるんだっけ?」
「母方のおじいちゃんとかおばあちゃんとかと住んでるらしい。それと、寒いとこが苦手だとか言ってたからな」
「ね、瑞姫さんのお迎え、私も行っていい?」
「別に、いいんじゃないのか?」
「やった。約束だよ?」
 指切りして自分の教室に去っていく小鹿を見送ると、クラスメイト達の冷やかしが待っていた。
「生殺しは良くないぞ、大賀?」
「二兎追う者は・・・」
「これは狩りじゃないし、あいつらはどっちも兎なんておとなしい連中じゃないよ」
 そうとぼけておれは席へと戻った。

 その夜。家に帰ったおれを待っていたのは、夕飯の食卓を囲んでいる両親と瑞姫だった。
「お前、来るのはまだ先じゃなかったのか?」
「お帰りミッキー。おひさ!」
「おひさはいいけどさ、お前ナチュラルに溶け込みすぎだろ?」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「いいや。お前が食ってる分は確実におれの食い分から減らされている」
「あたしに蓄えられた養分はこのプロポーションを保つ為に役立てられるわけだし。それはミッキーの為にも役立つわけでしょ?」
 瑞姫は絵葉書の写真と同じポーズを取ってウィンクしてきた。
「下品だよ、お前」
 おれはかぶりをふって部屋に戻った。とりあえず着替え終わった頃に、ノックをして瑞姫が入ってきた。
「入っていいかどうか返事は聞かないのな」
「そもそも最初はご両親にも気付かれないように上がり込んでベッドの中で待っててあげようかと思ってたくらいだから、感謝してほしいわね」
「何をどう感謝しろってんだ」
 そう言われても気にせずにベッドに腰掛けた瑞姫に向かい合うように机の椅子に腰掛けた。
「それで、どうしたんだ今回は?いつもなら予告した日付に来てたろ?」
「うーん。ま、私にもいろいろあってね。この夏はあまり長居できないのよ。だから、あの日付は来る日付じゃなくて去る日付」
「そうか。お前も高3だしな。進路とかどうするんだ?」
「まだ決まってないけどさ。その話しに来たの。ね、出ない?」
「いいけどよ、おれメシまだだぞ?」
「だいじょぶ、私が食べといてあげたから。出た先で何か買ってあげるよ」
「はいはい、仰せのままに」

 両親に外出を告げて、マウンテンバイクに跨る。瑞姫も自分のに跨ったのを確認して問いかける。
「で、どこ行くんだ?」
「コンビニ寄ってから、例のトコ行くわよ」
「お母さん、心配するんじゃないのか?」
「ミッキーと一緒だって言ったら、きっちり朝まで捕まえておいでとか言うだけよ」
 違いないな。そう苦笑して、漕ぎだした瑞姫の後を追った。

 コンビニで食べ物と飲み物を調達して向かったのは、家から30分ほど離れた林の奥の砂浜。二人が9年前に出会った場所だった。

 いつも通りシートを敷いて並んで座る。二人の視線の先の夜の海には、洋上難民施設の明かりが瞬き、海上保安庁の巡視艇が行き交っているのが遠目に見えた。

「ここは、相変わらずだね」
「まぁ、あれ以来な」

 それから二人ともしばらく黙り込んでから、瑞姫が言った。
「最近、雪乃さんとはどう?」
「どうって言っても、今まで通りだよ」
「告白されたんじゃないの?」
 それはもう去年の今頃のことだった。
「進路のこととかあって、今はそれどこじゃないよ」
「あの子から電話があってね。ミッキーとそういうつもりがないのなら、もう会いに来ないでって言われたわ」
 どきっとした。
「へ、へえ・・・。初耳だな」
「そりゃそうよ。教えないでって言われてたもの」
「それでも会いに来てくれたってことは、プロポーズでもしに来てくれたのか?」
 軽口のつもりだったが、瑞姫は黙り込んでしまった。
「お、おい・・・?」
「もし、そうだって言ったら、あなたはどうするの?」
 瑞姫の紺碧の瞳で見据えられた。
 息が詰まって答えられないでいると、ふとはぐらかされた。
「なんてね。私達まだ18でしょ?」
「そ、そりゃそうだけど・・・」
「それにね。私にプロポーズさせるなんて百年早いわ。するなら、あなたからしなさいよ」
「百年早いんじゃなかったのかよ」
「老いた屍と結婚する趣味は無いわ。だけどね、まじめな話、進路、どうしようかと思ってね」
「国籍を含めてか?」
「そうね。20歳までにどちらにするか選ばなきゃいけないし」
「ソルジャーか。だとしたら、どっちの国の為に戦うかって、確かに重要だよな」
「アメリカではほとんど暮らしてないから、日本の方が馴染みがあるんだけどね。グランパ達は、アメリカの方が将来は明るいだろうから戻って来いって言ってくれてるけど、あなたはどう思う?」
「むずかしい質問だなぁ」
「うん・・・」
「ただでさえ人口減るってとこに立て続けに大震災とか食らったし、LV2で皇族の大半も死んじゃったしな」
「頼みの綱も、アメリカから中国に切り替えようとしてたとこで、その中国が分裂しちゃったしね」
「ダメダメだな」
「ぐだぐだだよね」
 二人はそのままくすくすと笑った。
 月が中空にさしかかって、瑞姫の豪奢な金髪を銀色に照らし出した。おれはその光の滝に手を差し入れて、指で梳いた。
 されるがままになってた瑞姫は言った。
「でも、そんな日本だけど、まだミッキーは見捨ててないんだよね?」
「そりゃ、これがおれの生まれた国だし、他に行く当ても無いしな」
「でも、例えば、例えばだよ?私がアメリカ国籍を取得して、そして、わた、私と結婚したら・・・」
 目をそらしたままの瑞姫から目をそらさずに、おれは言った。
「でも、おれがやりたいことは向こう(アメリカ)じゃなくて、ここ(日本)にあるんだ。申し出はうれしいけどさ、それは別に向こうに行かなくたってできるだろ?」
「そっか。うん、そうだったね」
 瑞姫はぱっと立ち上がって靴を脱ぐと、波打ち際に駆け出した。
 おれも立ち上がって歩いていくと、瑞姫が振り向いて言った。
「ねぇ、さっきのってプロポーズに対する返事ってことでいいの?」
「え、何だよ?波の音で聞こえないよ」
 聞こえてはいたけど、とぼけた。おれ達はまだ社会にも出ていない18歳なのだから。焦ることはない。そう思っていた。
 ごまかすために、話題を変えた。
「そういえばさ、何で今回はすぐ帰っちゃうんだ?」
「ん?小鹿さんに睨まれないために決まってるじゃん?」
「心にも思ってないことを・・・」
「あはは。まぁ私にも将来の準備っていうか、進路に関わることがあってね。だから今年はゆっくりできないの。こっちではね」
「ふぅん。そうなのか」
「さびしい?ねぇ、私といれなくて、さびしいの?そう言ったら、少しくらいは延長してあげてもいいわよ?」
「ああ、さびしいよ。一年の内、一ヶ月ちょっとくらいしか会えない相手が、一週間くらいでいなくなるんだからな」
 渚でぽかんと突っ立っていた瑞姫は、突然海水を蹴り浴びせてきた。
「うわ、お前、何すんだよ?!」
 瑞姫はだけど言葉では答えずにおれの手を取って海へと誘った。おれは靴だけ脱いで姫に付き従った。


 それからかっきり一週間後、おれと小鹿と瑞姫の母親は、空港で瑞姫を見送った。小鹿は釈然としない様子でおれを問いつめてきたが、おれはとぼけ通した。瑞姫のお母さんはにやにやとおれ達を見ていたが助け船を出してはくれなかった。
 
 夏休み中には、受験の準備と平行して、抽選議員の資格試験を受けたりした。小鹿とは予備校で顔を会わせていたが、志望校は教えてもらえなかった。

 そして秋が過ぎて冬が来て受験が到来し、おれは無事地元国立大、もとい北陸道立大の法学部からの合格通知を受け取った。
 日程をずらして受験していたらしい小鹿も合格していた。
 ただ、おれは同じ日に、別の合格通知というか、当選通知を受領して、そちらを優先することに決めていた。

 そして、春。
 抽選議員宿舎で、おれと瑞姫は、10代の抽選議員候補として再会していた。


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